第二話  糸杉と渦巻に取り憑かれた画家

今回の主人公はオランダ生まれのポスト印象派の画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)です。彼は848点の作品を残していますが、そのうち620点(73%)はフランスに滞在していたときに制作されています(1886年から晩年)。ファン・ゴッホは自画像でも有名ですが(37点もあります)、そのほかにも『ひまわり』や『アイリス』など、有名な作品があります。

そして、一風変わった作品の中に『星月夜』があります(図3)。ファン・ゴッホは星や月を大きく描く傾向がありますが、この絵に見える巨大な渦巻きは意表を突きます。

図3  ファン・ゴッホの『星月夜』(1889年)。ニューヨーク近代美術館に所蔵されている。

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 じつは、この作品はロス卿による子持ち星雲のスケッチ(前回の記事にある図2)に触発されて描かれたものなのだと言われています。この可能性を指摘したのは米国の天文学者であるチャールズ・ホイットニーやドナルド・オルソンらです。

ゴッホが最期の地であるサン=レミの精神病院で療養していたときのことです。ある夜、窓から外の景色を眺めると、糸杉をシルエットにして月が輝いていました。弟のテオにこの美しい景色を伝えるために、ゴッホは『星月夜』を描きました。そして、そこにロス卿の子持ち星雲の印象的なスケッチを入れたということです。

 ロス卿の子持ち星雲のスケッチは、それまで誰も見たことがなかった星雲の姿であり、当時話題を集めました。ゴッホも斬新なその姿に魅了されたのでしょう。

ところで、当時のパリでは日本の版画が大評判になっていました。ファン・ゴッホも夢中になったと言われています。特に、葛飾北斎の富嶽三十六景にある神奈川沖浪裏は、波頭が渦を巻いているように見えるので、『星月夜』のモチーフになったという説もあるぐらいです(『ゴッホはなぜ星月夜のうねる糸杉をえがいたのか』マイケル・バード 著、株式会社エクスナレッジ、2018年)。“真相やいかに?”、というところでしょうか。