第一話 19世紀、渦巻星雲に銀河を見た人
秋の夜空にはアンドロメダ星雲が見えます。ただし、正しくはアンドロメダ銀河であり、星雲ではありません。星雲は「星の雲」と書きますが、ガス星雲のことです。
歴史を紐解くと、アンドロメダ星雲のような渦巻星雲の性質は20世紀初頭になるまでわかりませんでした。
米国の天文学者エドウイン・ハッブルがアンドロメダ星雲は銀河系の外にあることを突き止め、ようやく星雲から銀河へ昇格したのです。
じつは、19世紀の時代に渦巻星雲は星の集団であると見抜いた人がいました。
その人はロス卿(第三代ロス伯爵、本名はウィリアム・パーソンズ [1800-1867];図1左)です。
彼は1840年代に口径72インチ(183 cm)の反射望遠鏡の製作に成功しました。
リヴァイアサンと呼ばれるニュートン式の反射望遠鏡です(図1右)。
つい先頃まで、国立天文台岡山天体物理観測所で活躍していた望遠鏡の口径は74インチ(188 cm) ですから、当時としては画期的に大きな望遠鏡でした。
図1 (左)ロス卿、(右)ロス卿が製作したリヴァイアサンと呼ばれるニュートン式の反射望遠鏡。まるで巨大な大砲のようです。
これだけの施設を作るには財力だけでは駄目で、頭抜けた知恵が必要だったはずです。
ロス卿の写真 https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・パーソンズ#/media/ファイル:William_Parsons_Earl_of_Rosse.jpg
リヴァイアサンのイラスト https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・パーソンズ#/media/ファイル:BirrCastle_72in.jpg
ロス卿はこの望遠鏡で渦巻星雲M51のスケッチを描き、公表しました(図2左)。この渦巻星雲にはやや小さめの星雲が寄り添っているので、「子持ち星雲」と呼ばれていました(図2右)(実際には2個の銀河が相互作用しているものです)。それまで渦を巻いている星雲のスケッチはありませんでした。しかも、このスケッチはクエスチョン・マーク(?)に似ているため、ヨーロッパ中の話題を集めました。
図2 (左)ロス卿による「子持ち星雲」のスケッチ、(中央)クエスチョン・マーク、(右)M51の写真。
ロス卿のスケッチ
https://en.wikipedia.org/wiki/William_Parsons,_3rd_Earl_of_Rosse#/media/File:M51Sketch.jpg
ハッブル宇宙望遠鏡による子持ち星雲の写真
https://www.spacetelescope.org/images/heic0506a/
そして、ロス卿は語りました。「この星雲は星の集団のように見える」星の集団なら星雲ではありません。銀河です。
当時、世界一の望遠鏡を製作して自分の目で見た星雲の姿に、ロス卿は銀河を見ていたのです。いつの時代でも、世界一のものを作らなければ、真実を見抜くことはできないという教訓でしょう。今から180年も前のことでした。
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